2012年10月20日土曜日

秋の一日

朝、仕事に出る前に北の庭で色づいたカラスウリに遭遇

今年はみんな小粒


その隣ではザクロの口がパックリ

前日はしっかり閉じていたのに・・・



仕事先では例年なら10月10日あたりにあの香りを放つキンモクセイが咲き始めていました

キンモクセイの開花が遅れたのは開花が日照ではなくて気温に左右されている事がわかります


そして、モミジには巣立った後の鳥の巣



剪定の葉先からこぼれる秋の太陽
この季節に出会うジョロウグモや、メジロやヒヨもこの庭にはたくさんいます
何年も前に奈良に転勤になり、今年からアメリカに転勤されたK様邸
戻られた時に気持ちよく感じてもらう為に庭守り?しております。


コナラ,アラカシどちらもドングリが出来ますが大きさが違います



そして夜はふと思い立って、和蠟燭・・・・

和蠟燭を作る過程で出来る空気の層によって独特のゆらぎが生じます

なんだかゆったりとした一日でした

2012年10月16日火曜日

秋の野草

急に朝晩冷えてきました。

春もそうでしたけど、気持ちのよい時が減って来ている様な感じがします・・・

それでも、秋の野草達は季節を感じ美しい花を咲かせています。

アザミ好きです 種を庭にまいたけど芽がでず・・・

金平糖みたいで可愛いので、花を摘んで玄関の水鉢に飾っていたら種が落ち、毎年我が家でも咲いてくれます

ススキに見えるけどススキじゃありません 葉の出方が違います


ピンク系の花は苦手なのですが、秋の澄んだ空気にはとても似合います

2012年10月9日火曜日

食べる

たまに「自然食品」のスーパーに行きます。
わざわざ行くということはなく、近くで仕事をした時に寄る感じです。

私は美味しいものが大好きですが、特に自然食品にはこだわっていません。
ただ、美味しいものは新鮮で添加物が入っていない場合が多いのですよね。

生食でもとっても美味しいS様邸のブラックベリー 子供を分けてもらいました

でも自然食品の店に入る時にはいつも「違和感」を感じます。

だって、自然食品のお店には生野菜は売っていますが、お肉は冷凍。
新鮮な魚もありません・・・。

しかし、インスタントラーメンは売っている・・・
私の中ではインスタントラーメンやレトルト食品は自然ではない様な気がするのですけど?

あと、大豆を使った肉もどきのベジタリアン用食品の数々。

そもそも私はベジタリアンとかマクロビオティックがよくわかりません。
もちろん宗教的な意味合いから食べ物に規制があるのはわかるのですが、肉はだめで野菜は良いという理由がよくわからないのです。

一人友人でベジタリアンがいますが、以前理由を教えてもらって納得した記憶があります。・・・が例によって理由は既に忘れました。
ベジタリアンとかって本人が理由を言ってくれれば良いのですが、個人的なことなので理由を聞きづらいですよね。



私は肉、魚より野菜が大好きです。
でもそれはただ、私にとっては野菜が美味しいと感じるからなのですが、お肉が美味しいと感じる人が、我慢!我慢!でも食べたいから肉っぽく変えた?大豆食品をたべるってなんか違和感が拭えません・・・・

自分が美味しいと感じる食べ物を食べた方が心や体にストレスが無い様な気がするのですが?(量は問題ですけど)

個人的には精進料理は大好きですけれど、肉は殺生するからだめ、植物はよしというのも不思議です。

植物だって生きています。
『たねの不思議』という本を読みましたが、この本を読んでいると種が「生きている」ことを実感します。

山椒の種 


下手したら動く事の出来る動物より植物は高度かも?なんて気もしています。




まあ人それぞれの考え方があるので自由ですが、私に出来る事は出された食事は「感謝して残さず頂く」ということだと思っています。

でも、ヨーロッパにいってそれを実践すると胃が壊れます・・・。


2012年9月27日木曜日

ぶどう

ブドウが届きました



送ってくださったのはA様
去年に続き送ってくださいました。

緑色がカッタクルガン、黒いのがハイベリー、紅色がマニキュアフィンガーだそうです
嬉しいのは全部皮ごと食べられる品種という事。

そう、私ブドウ好きなのですが、皮をむくのが面倒で・・・・
皮を剥かないといけないのは自分でも買いません。


なんとものぐさな!と言われそうですが、手がべたべたするのが苦手なのです。
料理中に手が汚れるのは気になりませんが、食卓で手が汚れるのはどうも・・・

それに皮ごと食べると皮が口の中でぱりっと割れる食感が好きです
なので、リンゴもヨーロッパで売っている小さいリンゴを皮ごとぱりっと食べるのが好きです。




2012年9月23日日曜日

もしかしたら・・・

最近、お問い合わせの返信用メールアドレスが携帯電話の方が多く見えます。
基本的にお問い合わせには頂いた次の日に返信しております。

京都北山 西尾さんのお花


このところ立て続けに何人か返信しても返事がないことがありました。

以前はアドレスが間違っていて戻って来たりする事があり、どうにかして連絡したりしていたのですが、この頃は戻ってくる事も無いので安心?しておりました。

何か事情があったりしてお返事がないのだなと思っておりましたが、先日引っかかる事がありました。

お取引先の方がHPをみてとても気に入ってくださりリフォームしたいと言ってくださりました。
HPにメール入れてくださいねとお願いして、そのアドレスにすぐ返信。
アドレスは携帯電話のものでした。
しかし、連絡がいっこうにありません。

????おかしい・・・
以前にもあったなこんな事・・・

もしかしてと、その後そのお取り引き先に行った時に確認したらやっぱり当たりでした。

岡崎市S様庭にて 自宅の花を摘むMちゃん


携帯電話のメールアドレスって気づかずに迷惑メールに判断される事が多いようです。

私のメールは迷惑メールと判断され、私の元へ戻ってくる事も無くひっそりとゴミ箱に入ってしまったみたいです。

そう、考えてみると返事がないのは返信先が携帯アドレスの場合です。


何度も返信するとなんか催促しているみたいなので、返信は一度としています。

もしかしてお問い合わせメールしても返事がなかった方。
感じ悪いと思わずにPCのアドレスから送ってみてください。

返信は必ずしていますので・・・・










2012年9月20日木曜日

世界認識?

『動物と人間の世界認識』という本を読みました
同じ場所を動物や昆虫、人間が見ていても同じようには見えない(脳の構造的に)というような認識の違いについて書かれた本なのですがとても面白かった。


最初はほお〜こんな風に彼らには見えているんだと感心して読んでいましたが、考えてしまいました。
別の事。



猫が見ている世界とモンシロチョウが見ている世界は違い、人間はまた違います。
でも猫たちは猫の世界では共通の世界を見ていると思うのですが、人間は同じ人間という種でも見ている世界が違う場合が多いなあ・・・

こんなに見ている世界が色々あるのは人間だけではないか?

私は子供の時から変わっていると言われる事が多く、自分ではどこがどう変わっているのか全くわかりません。
何が?と聞いても明確な答えが帰ってきた試しがありません。



変わっているというのは、自分と見ている世界が違うという事ですよね。

誰でも幸せに暮らしたいと思っているはずです。
でもその幸せの形は人それぞれ違うと思います。

庭でも、季節の花が一杯咲いている庭が好きなひとや、禅寺の庭が好きなひと。
それぞれ間違っていません。
求めている世界が違うだけです。

私は子供の頃から生き物が好きです。
人間だけでなく色々な生き物が住む庭。
植物と、動物、昆虫たち。
色々な生き物によって成り立っている庭が好きです。



そしてそのような庭をじっくり作っていきたい。
仕事を広げ、たくさんの人を使って次々と庭をつくり有名になるのも良いでしょう。
それはその人の世界観です。
でも私は庭を通して同じ世界を見ている人たちと出会う事を楽しみながら丁寧な仕事をしていきたい。

コンビニとかに、どこそこ料理長監修とかいうお弁当やスィーツが売っていますが、あれはまさに世界観の違う人だといつも思います。
そりゃお金はたくさん入るかもしれないけど、自分のプロとしてのプライドは無いのか?仕事の充実より、お金を選んだんだな〜としみじみ。







もちろん地道に仕事をしていれば出来る仕事の量が決まってきます。
仕事の遅い私を快く(?)待ってくださっているお客様、その人たちの広い心あっての私の世界観ですが・・・・










2012年9月11日火曜日

GENIUS LOCIということ

私の屋号「GENIUS LOCI」
意味は何ですか?と聞かれます。
上手く即答できません・・・・



ところで終わった事なので書きますが、6月に京都で展覧会がありました。
「出会いのシミ展〜ある男の出会いから〜」という展覧会がART FORUM JARFOで開催されました。

簡単に言えば井田照一と交流があったアーティストが関わりや出会いを作品にするという企画でした
恐縮ですが私も参加させて頂きました。
しかし、井田さん関係以外に人には誰にも言わず、私の中ではひっそりと終わりました。

まあ、私が参加した事はさておき作品以外にも参加者全員が井田さんとの関わりについて文章も展示されました。


その中でTさんが書いた井田さんのとても印象的な言葉があります。

引用させてもらいます

「物がそこにあるのは空気の存在によるので物の周りの空気が描けたら物は自ずとそこに描けてるものです。 ものを描こうとするのではなくそこにある空気を見つめて描く事 (中略) 一日で見える人もあれば一生見えない人もいる・・・・」




良い絵、作品とは上手にリンゴが描けているという事ではなくその空気が感じられる事です。
非常に僭越ですが、私の「GENIUS LOCI」のコンセプトと同じ事ではないでしょうか。

その場の空気を感じ、感じた空気を形にしていく・・・・
私はそこで感じた空気(spirits)の濃度を上げる事が目標なのですけれど・・・。
それは建築、まわりの環境、そしてそこに住まう人たちの雰囲気を総合的に形にするでしょうか。

雨が落ちてきて水玉が美しかったのでぱちり


さて、今工事中のラッシーくんち。
GENIUS LOCIとなってくれるでしょうか。

お風呂場からアヒルさんを連れてきて・・・お子ちゃまと水遊び